2022年12月掲載
※所属・役職・記載内容等は掲載時期のものです
坂井田 良宏 師
臨済宗建仁寺派 大椿山六道珍皇寺 ご住職
卒業年:1970年、卒業学部:経済学部
臨済宗建仁寺派 大椿山六道珍皇寺についてはコチラから
学生時代から卒業後の思い出
1961年(昭和36年)に龍谷大学経済学部が開設され、私はその真新しい経済学部に入学しました。当時は師匠である父が健在でしたので、卒業してすぐお寺を継ぐのではなく、社会勉強もしたいと考え、教師を目指し教職課程をとっていました。社会勉強のために世に出る際に一番適している職業が教師であると考えたのです。ただ、教職課程を全て履修し、教育実習も済ませたのですが、教員としてすぐに働ける環境には恵まれませんでした。そこで僧侶としての務めをすることと地域社会に貢献すること、この二つの両立が可能な仕事はないものかと考え悩んだ結果、市役所の職員として奉職することを決めました。試験も無事に通り公務員として勤める中でさまざまな職場を経験しましたが、一番長い職場は教育委員会でした。25年間公務員として奉職しておりましたが、それも僧侶として“広く世間を知るため”にほかなりません。社会勉強のつもりで市役所職員として長らく務めておりましたが、公務員であるとともに僧侶でありますので、福祉関係の職場では僧侶の知識が役立つこともありました。二つの立場を両立させていなければ分からないこともあり、両立させているからこそ伝えられるものがあると考えていました。
ただ、社会に出るまでの道のりは困難なものでした。わが禅宗の定めでは3年間の修行を行わなければ僧侶としての資格が得られない決まりごとがあり、二回生の時に1年間の休学をし、専門道場に掛搭(かとう)しました。卒業後に僧侶としての生活をするとともに就職もしたいが、3年という修行期間を経てからの就職活動は難しいと考えたためです。修行を経て1年遅れの三回生となり、卒業後に残りの修行を終わらせるため、専門道場に入り直しました。卒業後に一度は市役所で内定をいただいていたのですが、道場での修行を理由にお断りをしました。しかし、修行を終えて再び就職活動をする中で、お断りをした市役所に再びご縁をいただき公務員になることができたという訳です。
平日は公務員として働きながら土日は僧侶としての務めを行い、公務員の有給休暇を活用して月3~4回行われる本山での勤行(ごんぎょう)にも赴き、お盆の時には一週間程のお休みを頂いてお寺での法務を行う。二足のわらじを履くという言葉の意味を、身をもって学びました。市役所勤めを続けて25年、責任ある立場にもありましたが、ちょうどその頃に師匠でもある父が倒れたことより僧侶の道に専念することとなり、公務員としての職を辞することになりました。
珍皇寺住職となって10年後、建仁寺開山栄西禅師八百年大遠諱(おんき)が執り行われることになり、その執行責任者でもある総長を仰せつかるとともに、またその4年前には本山の財務部長という役職にもありました。本山の財務部長としての務めと六道珍皇寺住職としての務めの両立も非常に困難ではありましたが、とりわけ財務部長としての責務を全うすることは困難を極めました。大遠諱を執り行うにあたっては記念慶讃事業の実施のため多額の浄財を募らなくてはならず、あらゆるところへも募縁行脚いたしました。檀信徒のみの募財協力では足りず、どうしたものかと頭を悩ませましたが、永年の市役所勤めで得たご縁に助けられました。実は勤めていたところが宇治の市役所でして、「宇治と言えばお茶」ということで、仕事を通じてお茶関係の方々とのご縁もありましたことより、越格なるご支援もいただくことができました。宇治市役所に勤めていたからこそのご縁ながら、これらもつまるところは、茶祖とも称される栄西禅師のお導きあってのご縁であったと思っています。「一期一会」いかに人さまとの出会いのご縁を大事にしていくことが大切かを改めて痛感した、私の忘れられない思い出の一つといえます。
“今”を生きる人たちに向けて
悩み苦しんでいる中、他人の意見を参考にしたい、誰かの言葉を頼りにしたい。そう思うのは人として当然のことだと思います。それは親しい友人だったり家族であったり同僚であったり、相談する対象はさまざまです。龍谷大学校友会という交流の場において、これほど人生の先達たちの意見を聞くに適した場は他にありません。多くのことを経験してきた人生の先達の方々の意見を乞える機会はそうそうありません。時代が移り変わり、状況も変化しているでしょうが、あらゆる苦難を乗り越えてきた先輩の意見というものは必ずためになります。その苦境に立たされた時の精神性、メンタルを学ぶことができるのです。校友会には立場や環境の異なったあらゆる先輩が集まります。人が変われば視点も変わり考え方も変わる。その全ての意見を取り入れ自分の活力とすることができる場が龍谷大学校友会だと思います。このような組織を活用し、ぜひ生活の糧としていってほしいです。