校友KIKOU 年々深まる、母校龍大への愛と感謝と誇り

2024年1月掲載
※所属・役職・記載内容等は掲載時期のものです

校友KIKOU 辻田 譲司 さん

辻田 譲司 さん

卒業年:1982年、卒業学部:経営学部
所属サークル:体育局剣道部
所属ゼミ:戸上ゼミ

天美陸運株式会社勤務

他大学を含め10学部を受験した結果、龍谷大経営学部に合格。高校時代から剣道をしていて、大学では何か違うことをしようと思っていたのですが、稽古の竹刀がパンパンと打ちあう音を聞くとどうしょうもなく剣道をしたくなり、剣道部の門をたたきました。稽古自体は高校の時の方が厳しかったのですが、当時はまだまだ封建制の時代で、4年生の先輩に気軽に声をかけることは禁じられ、学歌、部歌を練習させられたことを思い出します。何か先輩やOBの方に失礼があると、決まって稽古の後集合がかかり約2時間の正座、その後また厳しい指導がありました。おかげさまで「察する」という力がついたのは、財産になったと思います。3年生の時、一番大事な時であったのにYMCAという社会体育事業(子供に剣道指導、幼児の体操指導)を行い、4年生になってから人の倍は稽古をしたつもりでしたが、試合に出していただくことはありませんでした。その悔しさから、現在まで剣道を続けさせていただいています。また、3年の時、中学時代にあこがれていた異性とたまたま出会い、一方的な恋愛の末失恋したことも青春でした。学業の方では、単位が取れそうな学課ばかりを受講し、3年生終了時にはゼミのみを残して学士を頂きましたが、もっと勉強していればよかったとは思っています。最後には両親も、「お前は剣道をしに大学入ったようなもんやな。」とあきれて許してくれました。

現在は、家業である運送業に従事しています。お客様と社員に恵まれ、大きく儲けることはできなくてもみんなで強くて楽しい会社にしようと努力をしています。高校の後輩のご両親の紹介で今の妻と出会って早33年になり、1女2男を授かり、みんな成人して好きな道を歩んでいます。龍谷大学に入っていなければ、出会いもまた違ったものになっていたことでしょう。また体育会での経験は、社会人になってから、我慢と根性と人の気を察することに大いに役立ちました。今でも龍大は私の誇りです。私から勧めたわけでもないのに、いとこがひとり、甥っ子が2人、そして我が長男も、龍大を卒業させていただきました。みんな龍大に感謝しています。現在、校友会中央支部での活動をしていますが、益々母校愛が強くなっていく気がします。龍大の名に恥じないよう、これからも精進いたします。