校友から学ぶ 71号

校友から学ぶ-仏教について- 校友会報「仏教に学ぶ」
第71号 人の悲しみをわが悲しみとする

2010年10月掲載
※所属・役職・記載内容等は掲載時期のものです

天台寺門宗 総本山園城寺(三井寺)第163代長吏
福家 英明

福家英明(ふけ・えいめい)=25年(大正14年)生まれ。85歳。
滋賀県膳所中学(旧制)から、41年に龍谷大学予科に入学。在学中、陸軍に入隊し45年10月に復学。46年に卒業。中学校と高校の教員を経て49年に水観寺住職。10年1月に天台寺門宗総本山・園城寺(三井寺)の第163代の 長吏に就任。晋山式は来年の予定。

「白線一六会」の仲間

大変な時代でした。しょっちゅう軍事教練があって、落ち着いて勉強できません。在学中の昭和20(45)年1月に陸軍に入隊し、8月に終戦。10月には復学しましたが、龍大では本当にいい友人に恵まれました。我々の仲間は「白線一六会」と呼んでいます。昭和16年に龍大の予科に入学した同期会です。
これまで同期会を各地で開催してきましたが、元気で出歩ける人が少なくなり、淋しいことですが今は休止しています。未亡人の方々が私に同期会をしようと声をかけて下さっているのですが。
とにかく、私たちの仲間には、薬師寺の高田好胤(元管主・46年文卒)さんや、若原令昭さんがおられました。以前、彼が鳥取からお寺のご門徒さんたちと三井寺にお参りにこられました。
実は三井寺は本願寺の蓮如さん(第8代宗主)とご縁が深いのです。寛正6年(1465)に比叡山延暦寺西塔の僧兵が大谷本願寺を焼き討ちしたとき、三井寺は蓮如上人をかくまって、三井寺山内の近松寺の坊を上人に提供しています。今も三井寺の観音堂には、蓮如上人と親鸞聖人のお木像や、お名号をおまつりしております。
鳥取から再びご門徒さんがたがお参りにこられたとき、若原さんが同行できないので、京都にいる息子さんが代わりにこられました。今の学長の若原道昭さんです。お会いすると、お父さんそっくりで驚きました(笑)。
龍大では、いろんな宗派のお坊さんがいました。青年時代ですから、よく議論もします。自分の寺の宗派をこえて、広くおつき合いさせていただけた、それが龍大の大きな魅力でした。

夜間高校の教員に

戦後、復学して龍大を卒業し、比叡山高校、滋賀大付属中学校の国語の教員になりました。龍大理工学部の竺文彦先生は、付属中時代の私の教え子です。ところが、法務が忙しくなり、大津高校定時制に移りました。昼は法務をして夜に定時制へ、18年間通わせていただきました。昔のことですから、家が貧しくて働かざ るを得ない子どもたちも多く、でも勉強したいのです。教え子の中に優秀な生徒がいて、何人かを大学に進学できるように手助けをさせてもらいました。彼らは高校生と言っても、齢をくっていますから、「先生、授業が終わったら一杯飲みに行こうや」と(笑)。この夜間高校での経験が、私の人生にとって大きな位置をしめているように思っています。

三井寺観音堂の親鸞聖人・蓮如上人(左)の尊像

ところで私どもの天台寺門宗は、伝統的に本山と別格本山の力が強すぎたのでしょう。「阿闍梨(あじゃり)」という最高位のお坊さんになるのは、本山と別格本山の僧侶に限られていました。阿闍梨というのは、「四度加行(しどけぎょう)」と呼ぶ修行を経て、 伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を受けたのちに授けられる位です。阿闍梨さんになると、師匠として戒を授けることができるのです。天台寺門宗の一般寺院には、優秀なお坊さんが大ぜいおられる。そうした方々に阿闍梨への道を開放したいのです。そのことが私どもの宗門のみならず、広く仏法興隆の道へとつながっていると思っているからです。

「忘己利他」「済世利人」

比叡山を開かれた伝教大師最澄様(767〜822)に「忘己利他(もうこりた)は慈悲の極(きわ)みなり」というお言葉がございます。自分のことは忘れて、他の人を利することこそ、最高の慈悲の世界だとおっしゃるのです。「慈」は文字通り人をいつくしむ心です。「悲」は、他の人の悲しみを自分の悲しみとして受け入れていくという心です。
私どもの宗門の祖である 智証(ちしょう)大師円珍様(814〜891)も「済世利人(さいせいりじん)」とおっしゃいます。世を救い人を利する――「忘己利他」と同じ精神です。法然聖人も親鸞聖人も、多くの人々の悲しみを自分の悲しみと受けとめられたからこそ、比叡山を降りて、お念仏の道を歩まれたのです。

三井寺大門(重文)

人間というのは、やっぱり自分が可愛い。人の悲しみを自分の悲しみとして受け入れていくという世界は、口に出せても、そんなに生やさしいものではありません。でも最初から無理だと放棄してしまうのではなく、仏法で説かれる理想の世界を目指して、たとえわずかでも近づいていく、それが仏道だと思っております。
「人の悲しみを、わが悲しみとする」一人の僧侶として私の永遠のテーマです。

2010(平成22)年10月1日発行