校友から学ぶ 79号

校友から学ぶ-仏教について- 校友会報「仏教に学ぶ」
第79号 人間力を高める修験道「自利利他」の世界

2015年3月掲載
※所属・役職・記載内容等は掲載時期のものです

金峰山修験本宗 総本山金峯山寺宗務総長
田中 利典

田中利典(たなか・りてん)55年京都府生まれ。
金峯山修験本宗宗務総長。71年吉野金峯山寺にて得度。79年文学部仏教学科卒業。01年金峯山修験本宗宗務総長、金峯山寺執行長に就任。帝塚山大学特定教授、紀伊山地三霊場会議代表幹事、日本山岳修験学会評議員なども務める。校友会奈良県支部副会長。近著に『修験道入門』

私は学生時代、仏教学を専攻しました。そのとき、非常勤講師として来られた淺田正博先生(龍谷大学名誉教授=短期大学部長や宗教部長、仏教文化研究所所長を歴任。天台学の研究者)の最初の「仏教学講読」を受講し、卒業論文の指導も淺田先生でした。だから自分で勝手に「一番弟子」だと(笑)。卒業後も2年間、叡山学院専修科で学びましたが、ここでも淺田先生にお世話になり、そのうえ息子(佑昌さん=14年文卒)も論文指導をしてもらっています。

役行者遠忌事業で
秋の金峯山寺・蔵王堂(国宝)

ところで私どもの修験道(しゆげんどう)の開祖は役行者(えんのぎようじや)(役小角(おづね))です。

現在、この流れをくむ主な宗派は本山修験宗(聖護院)、真言宗醍醐派(醍醐寺三宝院)、そして私どもの金峯山(きんぷせん)修験本宗(金峯山寺)の三つがあります。この三本山が結束を固めたのは00年(平成12)の役行者千三百年の遠忌(おんき)でした。醍醐寺の仲田順和(じゅんな) 座主と、聖護院には宮城泰年(たいねん)ご門跡(54年文卒)がおられ、龍大つながりのご縁もあり、三本山共同で大阪市立美術館での「役行者展」と千三百年遠忌法要(00年)をつとめました。三本山が共同して事業をしたというのは、歴史的にも希有なことでした。

この遠忌事業を無事終えようとする頃です。熊野古道と共に吉野大峰をユネスコの世界遺産にと提案しました。私はただ手をあげただけで、世界遺産への登録活動は奈良県の文化財保存課などが中心で進めてくれました。
熊野古道に吉野大峰が加わることで、エリアは紀伊半島全体に広がります。足踏みをしていた登録活動がいっきに加速し、04年(平成16)7月、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されたのです。

世界遺産「信仰の道」

具体的に世界遺産に登録されたのは、紀伊半島の三つの霊場と信仰の道です。まず大阪から熊野三山に至る「熊野古道」、次に一町ごとの道標をたどり高野山金剛峯寺に至る「町石(ちよういし)道」。そして吉野大峰から熊野本宮に至る「大峯奥駈(おくがけ)道」。大峯奥駈道は熊野古道のオマケで世界遺産になったようにたまに扱われますが、決してそうではありません。熊野古道は平安初期から中期にかけて「蟻(あり)の熊野詣(もうで)」と称されるほど栄えましたが、江戸期以降は途絶えます。高野の町石道も、今や車や南海電車で高野山に詣でます。しかし、大峯奥駈道はそうではなく、吉野町の六田(むた)を基点に熊野本宮まで75の「靡(なびき)」と呼ぶ聖なる場所を、今も修験者が巡拝している生きた道です。旅程は7泊8日ほどで、険しい峯々を巡るのです。

大峯の奥駈修行 前列右から二人目が田中さん
里で力を活かす

そもそも「登山」には、ふたつの意味を含んでいます。まず西洋の登山。キリスト教世界では山には悪魔がいると、どんどん森を平地化してきました。その後、自然科学の発達により、山はただの石と氷の塊でしかないとわかると、高山への登頂、征服ということになります。西欧の登山の歴史はせいぜい二百数十年。

蔵王堂秘仏ご本尊の蔵王権現(重文)。
ただし今年は世界遺産登録10周年行事として
2014年11月1日~11月30日まで特別ご開帳

一方、日本人は古来から山は神や仏がおられる聖なる場所と考え、畏敬の念をもって接してきました。西洋のように征服するのではなく、畏(おそ)れをもって山に入らせていただき、自然と一体になるというのが、元来の日本の登山です。
修験道、山伏の世界も同じです。山に入って行(ぎょう)ずることで自然と一体となり、人智を越えた自然の大きな力が付加され、人間力を高める。しかし、修験者はそれだけに留まらず、里におりて人々のために山で得た力を活かすのです。山に入って得た人間力――これが仏教でいう「自利(じり)」で、さらにその人間力を里で活かす――これが「利他(りた)」です。修験道が目指す究極の世界とは、この「自利利他円満」の宗教世界だと考えています。

龍Ronが聞く「仏教に学ぶ」
“修験道ってどんな宗教”

崖の上から身を乗り出したり、滝に打たれる修行を目にされたことはありませんか?
修験道の修行は大変厳しいといわれ、現在も奈良県の大峰山系では、金峯山寺など修験三本山を中心に、登拝修行や滝場での水行などを行っています。
少し詳しくお話しますと、「修験道」とは日本古来の山岳信仰に、神道や外来の仏教、道教、陰陽道などが習合した我が国固有の民俗宗教で、大自然の山中に分け入り、山林を駈け、山に籠もり、心身を鍛練し、聖なる力、超自然的な神仏の力(験力)を得て、その力を里で活かす教えです。この行者を「山伏」とも「修験者」とも呼びます。
修験道とは、自分の五体を通して、実際の感覚を体得する極めて実践的な宗教なのです。

2015(平成27)年3月13日発行