校友から学ぶ 83号

校友から学ぶ-仏教について- 校友会報「仏教に学ぶ」
第83号 みえない佛の不思議な力死者と生者をつなぐ世界

天台宗 鶴林寺真光院住職
吉田 実盛

吉田実盛(よしだ・じっせい)61年兵庫県加古川市生まれ。
84年、龍谷大学文学部仏教学科卒業、90年に同大学院文学研究科仏教学専攻博士後期課程修了。兵庫大学短期大学部教授を経て現在、天台宗鶴林寺真光院住職、叡山学院教授、加古川市教育委員会委員長、鶴林寺宝物館学芸員、加古川刑務所宗教教誨師。

私が所属したサークルは、男声合唱団でした。浄土真宗の仏教讃歌をうたい、学部時代は山崎慶輝先生、大学院では元学長の北畠典生先生にご指導いただきました。
今、私は天台宗・鶴林寺(かくりんじ)真光院の住職ですが、みなさんに心のやすらぎというものを届けるのが、僧侶としての私の仕事だと思っています。
最近、私の近辺では、お葬式や法事が形式的になりすぎているように思えます。もしそこで一連の仏事の意味、いわれを知っていただくと、こんな考え方があったのかと、心が豊かになっていただけるはずです。

「枕経」「満中陰」とは

人が亡くなるときに、「枕経(まくらぎょう)」というものをつとめます。私どもの天台宗では、「臨終行儀(ぎょうぎ)」と言い、今から一千年ほど前の平安時代に、比叡山横川(よかわ)の恵心僧都源信和尚(えしんそうずげんしんかしょう)という高僧が行ったという記録が残っています。
人が臨終を迎えようとしたとき、枕許に親戚縁者が集まり、お坊さんを呼んで、臨終の人を極楽浄土に往生していただこうと、「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」とお念仏をとなえるのです。

臨終のとき多くの菩薩が阿弥陀仏の極楽浄土に導くという
當麻寺(奈良県葛城市)の練供養会式

現在、人が亡くなるとお医者さんが死亡診断書を書いてくださり、ここで法律的に遺体は「物体」となります。しかし直後のご遺体を触ると、まだあたたかい。体温が残っている。細胞レベルでは、ちゃんと生きているからです。そして初七日から七七日へと。じつはこの間、細胞の死がどんどん進んでいるのです。では最後の細胞が死に絶えるのは、いつ頃でしょうか。早くて一ヶ月、遅くて一ヶ月半。すべての細胞が死に絶え、この世での依(よ)りしろが一切なくなってしまう時期、これを昔の人たちは「満中陰」としたのでしょう。
次に続く法事が「百ヶ日」です。別名で「卒哭忌(そっこくき)」と言います。「哭」は、声をあげて泣くという意味です。三ヶ月をすぎたから、そろそろ泣くような悲しみから卒業して、あなたが元気に生きている姿こそ、泣く人を安心させるのだと、心を切りかえる法事です。
そして一周忌から三回忌へ。天台宗ではその後、七回忌、十三回忌、二十五回忌の法事をつとめます。十三回忌とは数えで、満十二年、二十五回忌は満二十四年、つまり干支まわりなんですね。七回忌は満六年、干支の半まわり。だから十三回忌がくると、ああお母さんは亡くなって干支がひとまわりしたのだねと、そういう形で故人を偲んできたのです。

卵かけご飯のお供え

雑誌「潮」の特別賞をとられた八木睦美(むつみ)さんの「最後の晩餐」という随筆があります。八木睦美さんのお父さんは、六十一歳のときガンで亡くなったのですが、その闘病生活を送られているときのお話です。
内臓が機能せず、点滴で養分補給されている。そのお父さんが睦美さんに、卵かけご飯が食べたいと。昔は卵が高価で、病気にでもならないと口にできなかったのです。睦美さんはすぐに用意し、スプーンでお父さんの口へ。ほんの少しなめるようにお食べになったお父さんは「おいしいよ」と、ひと筋の涙を流されたのです。その翌日、お父さんが亡くなられた。随筆の最後は、以下のように記されています。
「以来、私は卵かけご飯を食べなかった。父のことを思い出し、せつなくなるからだ。父の五回目の命日が近づいた今日、私は卵かけご飯を作ってみた。箸を口に運び、ご飯を舌にのせた瞬間、目頭があつくなってきた。私は食べかけの卵かけご飯を、父の仏壇にそっと供えた」
いいお供えだと思いませんか。卵かけご飯は、お仏壇のお供えには向かないでしょうが、この睦美さんのような、あつい思いが込められると、本当に素晴らしいお供えに変わりますね。
法事、仏事は、先人の築き上げた「死者と生者を結び付け、勇気をもって歩む生き方」を学ばせていただく場なのです。学ぶことによって、もっと心豊かな世界が、私たちの前に開けていくのです。

龍Ronが聞く「仏教に学ぶ」
源信和尚ってどんな人?

源信和尚(げんしんかしょう)(942~1017)は平安中期、二上山のふもと、今の奈良県葛城市に生まれ、幼くして比叡山に登って学問修業されました。
比叡山横川(よかわ)の恵心院(えしんいん)に住んでおられたことから、恵心僧都源信和尚と呼ばれます。地獄のすさまじさと、阿弥陀如来の極楽往生をすすめる『往生要集』を著作されました。この書によって、のちに多くの地獄絵図が日本で描かれます。また、比叡山の天台浄土教の大成者として、また当時の中国から「日本小釈迦(しょうしゃか)源信如来」という称号を贈られ、法然上人や親鸞聖人に多大な影響を与えた高僧です。
龍谷大学図書館には『往生要集』(建長版)が所蔵されています。

比叡山横川の恵心院

2016(平成28)年9月30日発行