校友から学ぶ 84号

校友から学ぶ-仏教について- 校友会報「仏教に学ぶ」
第84号 「無財の七施」誰にでもできる仏教の実践

法相宗大本山 薬師寺管主
村上太胤

村上太胤(むらかみ・たいいん) 47年、岐阜県各務原市生まれ。56年、9歳で薬師寺に入山し、故・橋本凝胤師に師事。69年、龍谷大学文学部仏教学科卒業。77年から薬師寺執事。03年から執事長、副住職を歴任。16年に薬師寺管主に就任。薬師寺岐阜別院住職、薬師寺まほろば塾長を兼務。龍谷大学校友会会長も務める。著書に『かたよらないこだわらないとらわれない―般若心経の力』『仏法の種まき』(いずれも講談社刊)。

私が薬師寺の小僧として修行するようになったのは、9歳のときでした。「お坊さんになったら、いつも饅頭が食べられるぞ」という言葉に釣られたのでしょうね。
師匠の橋本凝胤(ぎょういん)師は弟子だけでなくご自分にも厳しく、肉や魚を口にせず、お酒も呑まず、妻帯せずという、奈良仏教の伝統の塊のような方でした。そして、橋本凝胤師の思いを引き継ぎ、ひたすら薬師寺の復興につとめられたのが、兄弟子にあたる高田好胤(こういん)師(46年文卒・98年に龍谷賞)でした。今、私があるのは、このお二人のおかげだと、言葉に尽くせぬほどの感謝の気持ちでいっぱいです。

仏教の三つの旗印

もともと仏教という花を咲かせ、教えの種をつくってくださったのが、お釈迦さまです。その素晴らしい教えの種を、遠くまで運んでいくのが、私たち僧侶の役割です。また、種を運んでいくだけでなく、種の成育の環境を整えて、きちんと芽が出るようにしなければなりません。
お釈迦さまのお悟(さと)りを、「三法印(さんぽういん)」という言葉で表します。「諸行無常(しょぎょうむじょう)」(すべてのものは移り変わっていく)、「諸法無我(しょほうむが)」(すべてのものには永遠という実体がない)、「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」(悟りの世界はやすらぎである)という、仏教の三つの旗印です。
私たちが変わることはないと思っていても、永遠不変であるというものは、この世で何ひとつありません。そして、私たちの身のまわりで起こるさまざまなことは、すべて「縁」でつながっているという「縁起」の考え方です。

「布施」の心とは聖武天皇と大仏造立(ぞうりゅう)

またお釈迦さまは、私たち生きとし生けるものを苦悩から救うため、さまざまな教えを、お説きになりました。そのひとつが「六波羅蜜(ろくはらみつ)」です。六つの行いを実践することで、お釈迦さまの智慧と悟りを得ることができるのです。
その六つの行いの第一番目が、「布施」です。「布」とは衣類の布ではなく、「あまねく」という意味です。つまり「布施」とは、あまねく施しをするということです。そして、金品を提供することを「財施(ざいせ)」、仏さまの教えや心を施すことを、「法施(ほっせ)」といいます。

こうした布施をするときに、もっとも大切な心は、見返りを求めないということです。布施は一方通行ということです。さらに「二利同時(にりどうじ)」といいます。自分が幸せになるためには、まず他の人を幸せにしなければいけないという考え方です。自分と他人が同時に幸せになるために、布施の実践があるのです。
『般若心経(はんにゃしんぎょう)』の注釈書『大智度論(だいちどろん)』には、自分の財を他に与えることを「布」といい、おのれを捨てて人に恵むことを、「施」というとあります。さらに、財がないからといって布施を怠ってはならないと説かれています。たとえ財がなくても心身を通して施せるものが、「無財(むざい)の七施(しちせ)」です。「眼施(げんせ)」=優しいまなざし、「和顔施(わげんせ)」=笑顔、「愛語施(あいごせ)」=いたわりの言葉づかい、「身施(しんせ)」=身を捨てるほどに与える。「心施(しんせ)」=人への心くばり、「牀座施(しょうざせ)」=席をゆずる、「房舎施(ぼうしゃせ)」=宿を提供する――これらを施すことによって、人に喜びを与え、自分の心も豊かになる。つまり、「無財の七施」を実践することで、私たち一人ひとりが、お釈迦さまの種まきのお手伝いをさせていただくことができるのです。
2千5百年前に誕生した仏教は、今も多くの人々の心の糧になっています。これからも薬師寺は国境をこえ、お釈迦さまの教えを広めていく発信基地の役割を担っていきたいと考えています。また、仏教を建学精神とする私の母校・龍谷大学も同じです。卒業生組織の龍谷大学校友会も、一昨年からすべての人々に仏法の種まきをという願いのもとに、京都を中心に、全国で「心の講座」を開いています。今、そして未来のために、仏さまの教えを咲かせたいと、私は心を新たにしています。

龍Ronが聞く「仏教に学ぶ」
薬師寺って、どんなお寺?

薬師寺は奈良の興福寺と共に、法相(ほっそう)宗の大本山です。法相宗は、「三蔵法師」として知られる中国・唐の玄奘(げんじょう)三蔵の教えを中心に開かれました。
薬師寺の建立の発願は天武天皇によるもので、皇后(後の持統天皇)の病気平癒を願ってのものでした。しかし天武天皇は崩御され、その遺志をついだ持統天皇が薬師寺の造営に着手され、697年にご本尊の開眼供養がおこなわれました。
その後、平城遷都により718年、飛鳥から西ノ京の現在地に移転しています。
境内には東塔(現在修復中)や金堂の薬師三尊像などの国宝をはじめ、多くの重要文化財の施設や仏像があり、98年にユネスコの世界遺産に登録されました。

薬師如来

2017(平成29)年3月15日発行