校友から学ぶ 87号

校友から学ぶ-仏教について- 校友会報「仏教に学ぶ」
第87号 宗教の違いを超えて—仏教と東方キリスト教—

2018年10月掲載
※所属・役職・記載内容等は掲載時期のものです

国際学部教授 世界仏教文化研究センター長
久松 英二


久松 英二(ひさまつ えいじ)57年長崎県生まれ。ウィーン大学大学院神学専攻(博士課程)修了(神学博士)。10年龍谷大学国際文化学部教授として着任。14年度から国際文化学部長、国際学部長を2期4年務め、本年4月1日、世界仏教文化研究センター長に就任。専門はギリシア正教神秘思想。単著:Gregorios Sinaites als Lehrer desGebetes(ドイツ)、『祈りの心身技法―14世紀ビザンツのアトス静寂主義』(京都大学学術出版会・キリスト教史学会学術奨励賞)、『ギリシア正教 東方の智』(講談社選書メチエ)。編著: 『多文化時代の宗教論入門』(ミネルヴァ書房)。翻訳:ルードルフ・オットー『聖なるもの』(岩波文庫)のほか、ラテン語、ギリシア語、コプト語古代文献の翻訳がある。

異例の人事の中で

この4月から、私は15年度に本学に設置されました「世界仏教文化研究センター」のセンター長を務めさせていただいております。昨年12月に入澤崇学長からセンター長就任を打診されたときは、さすがに冗談かと思いました。何しろ、私はカトリック教徒であり、専門はキリスト教神学ですので、仏教系大学としてはとんでもない異例の人事措置ですから。しかし、仏教研究の国際的プラットフォームの形成という本センターの目的を実現すべく、国内外の大学・研究機関と協力して、研究者・仏教者・宗教者との相互交流と対話を促進する開かれた仏教研究というイメージを打ち出すための措置であるとの学長の思いと熱意に心打たれ、この重責をお引き受けした次第です。
特に、このタイミングでセンター長をお引き受けした私の主たる任務は、来年度に控える龍谷大学創立380周年の記念行事として開催予定の「世界宗教フォーラム」の計画・実施に中心的に参画すること、そして、この記念行事を起点として、センターの設立趣旨である仏教研究の世界的プラットフォームづくりの具体化へとつなげることであります。非力ながら、精一杯頑張らせていただきます。

キリスト教の二つの流れ

ところで、私の専門は「東方正教会の神秘思想」です。全世界のキリスト教は「西方キリスト教」と「東方キリスト教」に大別されます。前者は4世紀末に東西に分割されたローマ帝国のうち西ローマ帝国のキリスト教の伝統を、後者は東ローマのキリスト教の伝統を引き継ぐもので、現在、西方キリスト教に該当する伝統的宗派はカトリック、プロテスタント諸派および聖公会です。
一方、東方キリスト教はさらに二つに大別され、多数派を占めるのが「カルケドン公会議」(451年)の教理を受け入れるグループ、すなわちカルケドン派の東方キリスト教で、これが「東方正教会」と呼ばれるものです。ロシア正教とかセルビア正教などがこれに属します。それ以外の東方キリスト教、つまり「非カルケドン派」の東方キリスト教は通常「東方諸教会」と呼ばれており、例えばコプト教会とかアルメニア教会などがこれに属します。

不可分な精神と肉体

東方正教会の神秘思想を研究していくうちに、私は西方キリスト教には見られない東洋的な要素、特に禅やヨーガの実践に見られるような瞑想における姿勢や呼吸への特別な関心及び思念の滅却と徹底的な内的静寂の追求、精神と肉体が不可分的に相関しているという発想が、東方正教会では決定的な役割を演じていることに気づくようになりまして、そこから、各宗教の教義の違いを超えて、それらを通底させる普遍的領域は神秘思想にあるのではないかとの思いに至り、学位取得後は神秘思想の側面から宗教間対話の可能性を検討する研究を続けてきました。
そうしたら、龍大の国際文化学部が「比較宗教思想」の担当者を公募しているという情報を得て、なんのコネもなく応募したら、ありがたくも採用となり10年から奉職となった次第です。仏教系大学であれば、宗教科目担当者は仏教学者を採用するのが常識でしょうが、龍大はキリスト教神学者を採用したのです。なんという懐の深さ!

トルコ・イスタンブールの世界遺産
アヤソフィアのイエスの壁画(イス
ラムのモスクになる前はキリスト教
寺院だった。)
親鸞聖人の教えに共感
親鸞聖人の肖像画
「安城御影副本」(国宝/西本願寺蔵)

あれから八年が経過しました。学内外で挙行される仏教儀式に親しむようになり、『真宗宗歌』や『恩徳讃』をそらんじ、『四弘誓願』という仏教讃歌のチャイムのメロディーが体に染み付くようになりました。学内外の優れた仏教学者や真宗学者と親交を深めることで、仏教学への関心そして龍谷愛はますます高まるばかりです。特に阿弥陀如来の本願力に助けられて、自己中心的なものの見方から脱却し、中心を向こう側の如来のまなざしに置き換えよと説く親鸞聖人の御教えは、知れば知るほど深く共感するものがあります。

今の私の思いはただ一つ。龍大から与えられている絶大なる恩恵に少しでも報いるために、龍大のためなら、どんな仕事でも喜んでやる。それだけです。

2018(平成30)年10月10日発行