校友KIKOU 人生の岐路で背中を押してくれた恩師

2023年8月掲載
※所属・役職・記載内容等は掲載時期のものです

校友KIKOU 出原 一生 さん
校友KIKOU 出原 一生 さん

出原 一生 さん

卒業年:1981年、卒業学部:経済学部
所属ゼミ:田口ゼミ

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私は、診療放射線技師と鍼灸師との二刀流で、今も現役です。

龍谷大学に入学し、ある教授との出会いがなければ、今の私もこの人生もありませんでした。その方は、経済学部教授 田口陽一先生です。

3回生のゼミ選択時、私が選んだのが田口ゼミでした。田口ゼミでは、ペーパーテストと教授・先輩ゼミ生による面接で、新しく入ってくるゼミ生の合否を決めていました。私は、ペーパーテストに自分の名前を書くのを忘れ、面接終了後に「先生、解答用紙に名前を書くのを忘れました。」と言いに行きました。まあ、こんな失敗をやってしまったので、当然ダメだと思っていました。しかし、「1人くらい変わったやつがおってもいいだろう。」という教授の判断で、採用していただけたようです。

この初対面から2年間の田口ゼミでの生活は、非常に楽しいものでした。中でも1番思い出深いのは、田口教授のご自宅でおこなった卒業式の打ち上げです。戸棚から高級な酒を次から次へと空け、卒業ゼミ生皆、ベロベロに酔って、そのまま泊まってしまいました。翌朝の食事は、先生自ら作っていただいたのを覚えております。

大学入学時から、何か手に職をつけたいという思いがありました。たまたま診療放射線技師の友人との出会いがあり、人体もX線を使用することで病変が見ることができることに感動し、この道に進みたいと思いが強くなりました。4回生時に診療放射線技師の専門学校を受験して合格しましたが、父親の反対もあり入学を断念し、田口教授の紹介でゼミの先輩の会社に就職しました。

しかし、会社勤めをしていても、診療放射線技師への思いは日に日に強くなり、9か月で退職してしまいました。父親の大反対に困っていた時、なんと田口教授が私の実家に来て父親を説得してくださったのです。「もし専門学校の入試が不合格の時は私が再度就職を世話する。」と言ってくださり本当に有難いことでした。無事に専門学校に合格し、病院でレントゲン室の助手として働きながら夜間部に3年半通い、卒業し国家試験にも合格しました。

診療放射線技師の仕事をしているうちに、検査だけでなく治療にも携わりたいと思い、さらに鍼灸師の道にも進むこととなりました。この2つ免許の取得は、治療という面において大いに力を発揮する基になっております。

医療界に入って約40年、整形外科やクリニックで診療放射線技師と鍼灸師の二刀流で働き、自宅1階に「いずはら鍼灸院」を開設しております。医療界の道に入るのを後押しくれた田口教授には、本当に感謝、感謝です。