校友KIKOU 旅路で出会い、実現した、“心の原風景”と人生

2023年3月掲載
※所属・役職・記載内容等は掲載時期のものです

校友KIKOU 松岡 雅流 さん
校友KIKOU 松岡 雅流 さん

松岡 雅流 さん

卒業年:2000年、卒業学部:国際文化学部
所属ゼミ:キグリチュ・イシュトバーン(Kiglics Istvan)ゼミ

株式会社羊飼い松岡 代表取締役

【学生時代】

 私は、国際文化学部が新設された年に第一期生として入学しましたが、入学当初は、新世紀を迎える時期に「国際文化」の概念が先走りしているようにも思われ、国際文化的な取組や研究として何をすれば良いのか等をなかなか決められませんでした。しかし食物や環境、経済等を国際比較する授業を受講して参考図書も読むうちに、徐々に専門家から見た異文化の世界を感じるようになりました。特に和辻哲郎著『風土』は、その内容に感動し、気に入った部分に縦線も引いて繰り返し読みました。今思うと、自分が初めて読んだ哲学書だったのだと思います。

 それらの学習の影響もあって、同級生と共に一か月近くエジプト旅行に行き、カイロの旧市街やピラミッド、そしてオアシスを巡りました。その後、私はハンガリーへ留学し、冷戦の香りが残る異国の街で伝統的な文化に触れて一年以上暮らしました。これらの日々が、私の学生時代の主な思い出となっています。

【大学卒業後】

 留学先のハンガリーで大学を卒業した私は、東京へ移り住み日本の古い物を集めて輸出する仕事を立ち上げました。インターネットがグローバリゼーションを牽引する時代、自分が見て来た外国へ日本の古民具等を送り届け、伝統的な文化を広めたいという気持ちがありました。しかし、感性と英語を使う仕事にやりがいを感じながらも一方で、扱っている「物」自体には愛着が沸かず悶々とする日々でもありました。方向性は合っているが何かが違うと感じて納得がいっていませんでした。そんなある日3月11日、東日本大地震が起こったのです。

前日まで当たり前にそこにあった社会や生活が壊された現地の惨状がメディアで繰り返し報道される中、一度しかない人生を思い残す事が無いように生きたいと痛感し、再度外国へ旅に出る事にしました。本質的なインスピレーションを感じる旅にしようと思い、目的地を「死ぬまでに必ず行っておきたい場所」に決めました。その旅の途中のギリシアで複数の羊飼い達と出会い、その後の人生にとってかけがえのない対話をしました。

【現在の仕事】

地中海での旅を終え、私は、自分の人生は物心ついた頃に見ていた「心の原風景」を現実にする為にあると気がつきました。そして私の「心の原風景」は「地平線まで続く広い平原を沢山の動物達と共に歩いて行く光景」でした。時間は夕暮れで、動物達は黒いシルエットとして見えていました。

帰国後は長野県へ移住し、産まれたばかりの羊達を飼い始めました。沢山のプロセスを経て地域の信頼も得、グリーンシーズンに黒姫山麓のスキー場を町から借りて羊達と山に上がりました。そのアイデアは自然活動家の故CWニコルさんから授けてもらいました。産まれてすぐに飼いはじめた羊達は私になついており、その特徴である追従性もあって私について来るようになり、柵がない所で自由に放牧する事が出来ました。大陸ではそのスタイルで放牧する人々を「羊飼い」と呼びます。

山で「心の原風景」を現実にした私は、その過程でいくつかのご縁を頂き、大陸の文化を普及する事業をはじめました。2023年現在、私は長野県で羊肉の加工品を全国の飲食店や小売店へ卸す会社を経営しています。私は自分がとらえた大陸の感覚を表現する為に、羊肉100%の無塩せき(着色料・保存料等不使用)ソーセージを開発しました。旨味・甘味・柔らかさを主体とする日本列島の味覚とは全く違う、野性的な動物の持ち味を強く引き出した肉に複雑な香りのスパイスを合わせます。オリジナル・ハーブ・メルゲーズの三種類はそれぞれ西ヨーロッパ・ギリシアから中東・北アフリカを代表する味覚を再現しています。会社としてはこれら新しい食文化を高品質な物として扱っており、会社の名は「羊飼い松岡」としました。

この仕事にたどり着くまでには学生時代の学びや幾度の旅、人生に起きた様々な出来事で受けた自分自身の変化や成長がありました。そして、私は今も自分の人生において学びを続けています。